美しき島コルシカ

〜2009年2月の早春のコルシカを旅する1〜

ナポレオンの故郷・アジャクシオと波乱に満ちたコルシカの歴史



南仏コート・ダジュールから約180kmの地中海に浮かぶコルシカ島。
ナポレオンの生誕地としても有名なこの島は、パリから飛行機で1時間半の場所に
ありながら神秘のベールに包まれている。




パリから一番近いフランス最後の秘境とも呼ばれ、
島ならではの断崖絶壁などの絶景ポイントを楽しみに
夏のシーズンにはヨーロッパ各地からヴァカンスを楽しむ多くの人々が訪れる。



コルシカの南の玄関口といわれ、コルシカ最大の港街“アジャクシオ”。
人々は陽気でシーズンオフとはいえ、街は活気があり楽しい。





日中は暖かく、道端にはレモンやオレンジが実り、桜も咲いている。
親子でサッカーに興じたり、南仏独特の金属のボールを投げ合う
“ペタンク”をしたりとのどかな休日の午後が垣間見れる。




旧市街の人の気配のない階段。
南ヨーロッパ特有のこんなところを歩くとなぜかほっとする。




コルシカは歴史あるワインの産地。ワインをモチーフにした壁絵も楽しい。




フランス語とコルシカ語の表記の交通標識。
その他、店名などいたるところにコルシカ語が見られる。




アジャクシオに生まれたナポレオン。
パリに渡りフランス革命の時流に乗り、
皇帝まで登り詰めた英雄。




この街の中心部を散策するとフランスの英雄の足跡に触れることができる。




ここでコルシカの歴史に触れなければならない。
有史以来数々の占領の歴史にさらされてきたこの島。
特に13世紀前半から18世紀に至る、
ジェノヴァの過酷な支配はこの島の歴史に大きな影響を及ぼした。
最南端の都市ボニファシオが築かれ、その後北部の海岸にカルヴィが築城され、
のちにバスティアやアジャクシオ、ポルトヴェッキオなど
現在の島を代表する都市が次々とジェノヴァによって作り上げられた。
当時ジェノヴァは航海術と商売に長けた都市国家で、
コルシカは瞬く間に占領され、ジェノヴァは前記のような要塞都市を築いた。
“ジェノヴァの塔”と呼ばれる見張り台の遺跡が
コルシカの沿岸部に数多くの残されている。




コルシカの先住民の多くは山岳部に暮らしていた。
島民がナポレオン以上に英雄視するのが“パスカル・パオリ”
コルテ近くの山里に生まれた彼はコルシカ独立戦争を指導し、
コルテに大学を作り、通貨を制定。
この山岳部のコルテという内陸最大の街は
コルシカ独立運動の中心地となった。





コルシカ独立運動の祖と呼ばれるパスカル・パオリが
考案したのが現在のコルシカのいたる所で見られる
コルシカ独立の象徴“ムーア人の横顔”。
占領時には目隠しだったが、自由を得て目隠しが外れ、鉢巻きとなった。
(この図柄はコルシカに隣接するサルディニア島にも見られる)




1755年にはコルテを首都とする独立政府をつくり
コルシカの独立を宣言。国旗、国家、通貨を制定。
コルシカは世界最初の立憲国家といわれている。
パスカル・パオリはコルシカ人にとって独立のシンボルとなっており、
その人気はナポレオンより高い。




しかし、その14年後には、アフリカへの足がかりとして、
コルシカ支配を目論んだフランス軍のポンテノウの戦いにより、
全面降伏させられ、フランスに併合。
この戦いが行なわれた5月8日はコルシカ島民とっては
特別な日と位置づけられ、パオリ像や戦没者慰霊碑には顕花がたえない。


(2009.04.10記)

〜2009年2月の早春のコルシカを旅する23に続く〜

次は北の街“バステイア”編です。



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